『灸』とは、皮膚に「もぐさ」をのせ線香で火をつけて身体に『温熱刺激』を与える治療法です。
「もぐさ」とは、キク科の多年草のヨモギの葉を乾燥させ石臼で挽き精製したものです。夾雑物の混入の程度により等級分けされ、使用用途も異なります。鍼灸師が手でひねって治療に用いるもぐさは、もぐさのなかでも特に高級品のもぐさを使用しており、なんと1kgの乾燥ヨモギから7gほどしか作られません。とても貴重ですね。
お灸は約2000年前の北方民族の独特の医療として芽生え、インドに渡り仏教医学として発達したといわれています。中国やインドの砂漠地帯でも自生する生命力の強いヨモギで病気を治そうと考えついたのがお灸の始まりとされています。
日本には飛鳥時代に中国から仏教と共に伝来し、独自に発展し多様な灸法があります。701年に制定された大宝律令の中の医疾令には針博士という官職名が記され、鍼とお灸の勉強が定められていました。奈良平安期以降お灸は広く用いられていました。
江戸時代には多様な灸法書が著されるようになり、健康維持のため庶民にも広く浸透していました。ヨーロッパとの交易でお灸は日本からヨーロッパ、世界へと伝えられ、お灸は英語で「moxibustion」「MOXA」(モグサ)と呼ばれています。
明治以降西洋医学が主流になり、熱くて痕が残るお灸は忌避されるようになっていきました。また昔の家屋に比べ住宅の気密性が高まり、煙のでるお灸は嫌がられるようになりました。今では、一部の地域や鍼灸院にかかる人のみにお灸が普及している状況です。
芳年 『風俗三十二相 あつさう』
歌川豊国 『江戸名所百人美女 鎧のわたし』
お灸には治療目的に合わせて形を変えたり、道具を用いたりと色んな種類があります。
お灸の方法には大きく「直接灸」と「間接灸」という2種類の方法があります。直接灸とは、皮膚に直接もぐさを置き燃焼させる方法です。間接灸とは、皮膚ともぐさの間に台座やニンニク、生姜などを挟み間接的に燃焼させる方法です。当院では、直接灸と間接灸の両方を用い、適宜刺激量を調節し治療を行っています。
お灸は以下の作用で身体に反応を起こしています。
1、温熱作用
2、皮膚から浸透する成分の作用
3、施灸皮膚組織の再生・修復過程で生じる作用
4、モグサや煙の芳香による作用
1、温熱作用
お灸は温熱刺激を生体に与えます。温熱刺激の感受には「温度感受性TRPチャネル」が関わっていると考えられています。
TRPチャネルとは、皮膚や感覚神経だけでなく身体中の臓器に発現し、温度刺激や化学刺激に反応する受容体です。人間には9種類の温度感受性TRPチャネルが存在することがわかっています。
お灸による温熱刺激には、侵害性の熱い温熱刺激と非侵害性の温かい温熱刺激に分けられます。
侵害性の熱い温熱刺激は、TRPV1(活性化温度閾値は43℃以上)、TRPV2(52℃以上)により感受されます。感覚神経のうちC線維、Aδ線維にそれぞれ発現しています。感覚神経上のTRPチャネルが活性化されると、温度情報は活動電位に変換されて求心性に脊髄、脳へ送られます。その過程で主に以下の3つの作用が起こると考えられています。
①軸索反射を介して、枝分かれした軸索末端から神経ペプチド(CGRP、サブスタンスP)が放出され、血管が拡張し、発痛物質が血管に取り込まれ痛みを緩和する。
②上行性に伝えられた温度情報が、脳幹や視床下部を介して、自律神経や内分泌系など様々な調節反応を誘発する。
③大脳辺縁系において心地よさが生じ、大脳皮質にて温かい感覚が生じて、気分を楽にする。
非侵害性の温かい温熱刺激はTRPV3(活性化温度閾値32〜39℃以上)、TRPV4(27℃〜35℃以上)、TRPM2(36℃以上)により感受されます。TRPV3やTRPV4は表皮のケラチノサイトなどに発現しており、温度を感受するとATPを放出して感覚神経に伝えることが報告されています。
TRPV2は上皮組織に存在する肥満細胞に発現し、TRPM2はマクロファージなどの免疫細胞に多く発現していることから、お灸は免疫とも関わっていると考えられます。
以上のように、活性化温度閾値の異なるTRPチャネルがあり、様々な組織に発現しているので、お灸の温度の違いにより生体に及ぼす反応も異なると考えられています。
TRPチャネルはDavid Julius教授(カルフォルニア大学サンフランシスコ校)の研究グループによって発見され、2021年にノーベル医学・生理学賞を受賞しました。TRPチャネルの発見により、お灸の機序解明が進んでいます。
2、皮膚、呼吸器から浸透する成分の作用
ヨモギの腺毛には揮発性の精油が含まれており、主成分であるシネオールは燃焼により独特の芳香を発します。ヨモギには多数の精油がふくまれており、皮膚と親和性があり、含有されているポリフェノールが燃焼による酸化的ストレス状態を抑制することが報告されています。
3、施灸皮膚組織の再生・修復過程で生じる作用
昔のお灸は、皮膚を焼き切り熱傷を生じさせる療法でした。皮膚を焼くことで、炎症を引き起こし、再生させるという過程を通して、神経組織、結合組織、免疫系などに様々な影響を与えることにより病気の予防と治療を行っていました。
4、お灸に用いる物質の芳香作用
お灸の匂いでリラックスするという意見は多く、モグサ燃焼時の芳香によるアロマテラピー効果があると考えられています。
お灸の効果
1、血流改善、痛みの緩和
2、免疫・代謝機能の向上
3、リラクゼーション
鍼灸院での治療効果を維持するためや、不調の改善、健康維持のために、セルフケアとしてご自宅での台座灸をおすすめいたします。
台座灸とは、円形の台座紙の上にもぐさがついているお灸で、シールで皮膚に貼ることができます。
煙が苦手な方は、煙の出ない台座灸も市販されています。
市販の台座灸は温熱レベルの低いものを選び、熱く感じたら取り除き、やけどをしないよう気をつけて行ってください。
セルフケアにおすすめのツボ
・足三里
スネにあり、膝のお皿の上に親指を当て、お皿をつつみこむように握った際に中指の先があたるところにある。
効果:免疫力向上。胃腸の調子を整える。足の疲れ。疲労。腰痛。
・三陰交
くるぶしの内側で指4本分上がったところにある。
効果:婦人科疾患。胃腸のトラブル。頭痛。肩こり。
・合谷
手の親指と人差し指の股の人差し指側にある。
効果:首肩こり。頭痛。疲労。
・手三里
ひじを曲げた時にできるしわに人差し指を置き、手首側に指3本のところにある。押すとズーンとひびく。
効果:首肩こり。胃腸の不調。疲労。
・大椎
第七頸椎と第1胸椎棘突起間にある。
効果:呼吸の調整。風邪。花粉症。首肩こり。
・肩井
首の付け根と肩先を結ぶ線の中央にある。
効果:首肩こり。腕の痛み。疲労。
・中脘
へそとみぞおちを結ぶ縦線の中間にある。
効果:胃腸の不調。逆流性食道炎。
・天枢
へそから左右指2本分外側にある。
効果:胃腸の不調。便秘。下痢。
・関元
へそから指4本分下側にある。
効能:胃腸の不調。冷え。疲労。婦人科疾患。
ご自身に合うツボを知りたい方はぜひ鍼灸師にご相談ください。
東洋医学にはとても大事な身体観として『養生』と『治未病』という言葉があります。
『養生』とは、生命を養うという意味です。
『治未病』とは、病気になる前に治すという意味です。
健康は、日々の生活の小さな積み重ねによって維持されます。
病気を発症したとしても、悪化を防ぐことはとても重要です。
ぜひ日々のセルフケアとしてお灸をして、養生してくださいね。
気になることは鍼灸師にご相談ください。
Posted by 中目黒の鍼灸院 東京α鍼灸院|眼精疲労 at 12:46 / 院長コラム コメント&トラックバック(0)